イチローの練習を見て思ったこと

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そして引退について(写真は最後にもまとめてあります)

イチローが引退した。

マリナーズvsアストロズのメジャーリーグ開幕シリーズが2試合あって、その2試合目の試合後(試合中に会見自体の発表はあったし、マリナーズのツイッターでは引退の発表があったようだった)、イチロー自身が会見で引退を発表した。

その数日前、マリナーズvs読売ジャイアンツの試合がやはり2試合行われた。この2試合でも、イチローはライト9番で先発出場した。

自分は、知り合いに1枚譲ってもらい、2試合目の方を見に行くことができた。19時試合開始だったが、開場は17時。もちろん、17時に行った。(3月18日の巨人vsマリナーズ戦)

内野の指定席なのに、ものすごい入場列だった。それも驚きだった。

また、17時過ぎの段階で、マリナーズの面々がバッティング練習を行っていて、それを見守る人だかり(グランドの内外でみながカメラや携帯を構えている!)が試合開始2時間も前の様子としては、見たことがない光景だった。

イチローは、バッティング練習では、外野のスタンドにもけっこう打ち込んでいた。また、走塁をして見せたり、守備にもついていた。

試合開始2時間近く前なのにグランドにも大勢の人たちが。選手でさえも、イチローを撮っていたり…。

自分は、シアトルのセイフコフィールドでマリナーズ時代のイチローの試合を観戦したことがある。その時にマリナーズグッズをいろいろ買って帰ってきた。その時に買った、マリナーズのジャンパーもずいぶん色あせたので、かなりの時間が経ったことを実感する。

ちなみに、あの全盛時代のイチローが、その日のシアトルの試合では2三振した。めったに三振をしないイチローが低めのボール球を振っていた。むしろ珍しいものを見れた、という感じだった(もちろん打ってほしかったのだが)。

そして、巨人とのオープン戦でも三振したので、自分はイチローの三振を生で3回も見たことになる。

残念ながら、その試合でもイチローのバットから快音は響かなかった。が、3塁へのすばらしい送球は見ることができた(イチローの送球がすごいのは、試合で見事なコントロールを発揮することだ!)。

立ち見の人たちもかなりいました。どうしても駆け付けたくなったんだろうな、と。

話は変わるが、イチローで思い出すのは、日本のオールスター戦で打者松井の時に、イチローがマウンドに上がったこと。だが、野村監督が松井に代えて、代打・高津を送った。ホントにあのシーンはオールスターならではの対決が見れる! と野球ファンならだれもがワクワクする場面だったのに、最悪の采配で、高津が打つところを誰が見たいんだよ? と思った。ファンのためってことを何も考えてないのではないか、と野村監督がその瞬間は嫌いになった(野村さんの本は買って読んでますし、尊敬もしてますよ、念のため)。

松井も松井だ。イチローの140km台後半の速球を見事に打ち砕いてやるぜ、という態度を見せてほしかった(実際のところがどうだったのかはよく知らないが)。どんなピッチャーが来ようと、打つのみ! という姿勢を見せてほしかった(もちろん、ただのファンの勝手な言い分だ!)。何よりも、そんなオールスター戦ならではの対決をお客さんと一緒に楽しんでほしかった。オールスター戦はお祭りなんだから。そこに野球好きが集まってるのは間違いないのだから。

松井も、外野手として、打者として、三拍子そろったイチローに負けたくないというプライドがあったからなのか。真面目なのかもしれないし、もちろん、すごいプレイヤーだと思うし、打者としては究極に近いスイングをする最高の選手だとも思ってるし、いまでもよく松井のホームランシーンをYouTubeで見たりするが、一説によると松井がノムさんに「いやだ」と言ったから、という記事をみて、その時は、つまらないやつだな、とも思った。ぶっちゃけ。

でも、そういうヤツじゃないと、ムードに決して流されず、自分の道を曲げないようなヤツじゃないと、選手として成功はしないのかもしれないとも思う。とくに松井もイチローもそういう感じがする選手だから、相容れなくてもしょうがないのかも、とも。だからこそ、野球ファンは松井がイチローというスーパースターが対戦したり、一緒にプレイしたりするところを見たいんだけどな…。

ただ、きっとミスターだったら、長嶋さんだったら、喜んで打っただろうし、おもしろがっただろうし、監督だったとしても代打は送らなかったんじゃないか。お客さんを喜ばすことを考えて、自分も楽しんだだろうから。

だから、あの采配は、オールスター史上、日本のプロ野球史上に残る、最悪の事件だと思う(イチローは被害者だ)。

話が変わるが、またイチローの引退の、この大きな盛り上がり、インパクトは、本当にミスター、長嶋茂雄以来だと思う。

長嶋が引退した時、自分は小学5年生だった。後楽園に見には行けなかったが、中継を見ていた。そして野球好きの少年は、もう躍動する背番号3の選手姿が見れないということを想像して、本当に涙した。そもそも野球を始めたきっかけは、長嶋選手にあこがれて、だ。だから当時の少年たちは、みなサードをやりたがった。自分もソフトボールや遊びの野球ではサードをやったりしていた。また、長嶋が引退したときいろんな雑誌の特集号や増刊号などが発売された。当時の自分は、それらをいくつも買って、引き出しの奥にしまい、宝物にしていた。それくらい野球が好きで、それを体現している長嶋が好きだった。(ちなみに翌年、監督になった長嶋さんは巨人軍史上最低の記録を数え切れないくらい作り、最下位になるが、その時ほど長嶋さん、ジャイアンツを応援したことはない)

本当にあの時以来の、時代が変わった感、節目っぽさが、イチローの引退にはある。

長嶋は野球の楽しさや野球というスポーツの魅力を、少年たちをはじめ、あらゆる人たちに知らしめたと思う。見ているだけでワクワクして、少年ならやりたくなる。そういう選手だった。楽しそうに、プレイしていた。野球が好きだということが伝わる選手だった(監督になってからもそのことは変わらなかった)。

イチローも野球の魅力を、アメリカ人にももっと多くの世界の人たちに知らしめた。あるいは、もう一度思い起させた。日本の野球のレベルの高さを、野球に取り組む姿勢や考え方を、アメリカ人や世界中の人たちに知らしめた。何よりも、走攻守、だけではなく、ファンへの態度や野球そのものへの探求心など、あらゆる点でレベルが高いプレイ、行動を常に心がけて、実行する選手の存在を、その価値を、知らしめた。バッティングのみならず、走塁で、送球で、捕球で、お客さんを喜ばす、というのは、長嶋さん以来のベースボールスターだと思う。

そして、引退会見でも、「野球が好きだったから」という言葉を口にした。カズにも言えるが、好きだからやめたくないし、高みを極め続けたい、最高のプレイをいつもしたい、そのために何でもする。その姿勢がよくわかる。

好きになるっていう才能こそが、すべてを可能にする。それこそが少年たち、あるいはそれを取り巻く大人たちがいちばん肝に銘じなければいけないことではないか。「好き」がすべての起点であり、その「好き」の大きさこそがもっとも大事なのだ。

…と、じつは、少年野球のコーチもやっている自分は、いつも思っている。(少年野球のことについてはまたどこかで書こう)

GAME +BEER です。

話が脱線してしまったが、イチローこそが野球をもっとも愛し、もっとも野球に愛された、ベースボールの化身だったのだ。だから、試合前の練習の一挙手一投足を、誰もが固唾をのんで見守る、ということが起きたのは、当然といえば当然のことだったと思う。

自分は、そこに若い人も女性も老若男女問わず多数詰め掛けたことも、国民的な、いや世界的なスーパースター、というかイチローが社会にとってもかけがえのない存在だったことを実感したシーンだった。

ちなみに、長嶋さんも若いころメジャーから問合せがあったらしいけど、もちろん当時のジャイアンツは断ったらしい。また、長嶋さんも学生の頃からメジャーに興味があったらしい。

余談だが、うちの息子は今ちょうど小学5年生で野球をやっている。本当は、息子にイチローを見せてあげたかった。自分の父は、長嶋が引退した年の最後の背番号3が試合でプレイする姿を見ることができた、ニューヨークメッツvs読売ジャイアンツのオフシーズンの試合に連れて行ってくれた(しかも内野席で一塁側のめっちゃいい席だったのを覚えている)。その父に、父として自分は負けているんだな、と感じている。どこかで父に負けないように、もっとがんばらないとな、とも思う。また、その一方で、自分は子供の頃、父親にとても愛されていたんだな、と今になって思うことがある。

野球から父との子の話なるなんて、アメリカの小説みたいだな。w

練習中からとにかくすごい人、人、人。試合前ゲージのところで、大魔神こと佐々木元投手と話していたように見えました。
練習では、あたりまですが、いいあたりをガンガン飛ばしてました。フェンスオーバーも。

試合前のセレモニー。国歌の演奏もありました。

試合前、試合中に、マリナーズへの入団会見から、レーザービーム誕生の送球、258本のメジャー新記録、ホームランを奪い取る大フライのキャッチ、ホームベース上でのNinjaと言われたシーン、などがイチローのヒストリーとして流された。最後に「挑戦は続く」という文字も!

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